の数



「…、98、99、100。よし、全部あるな…」
 枚数の確認のため、札束を捌く。もう手馴れた手つき。





 ―――金を扱うようになってから、どれだけの数を数えてきただろうか…?





 オレの人生の一部ともいえるこの作業。大量の札束を前に、胸が高鳴る。
 一枚一枚を噛み締めるように、感覚を味わう。この瞬間が、堪らない。至福の時を存分に楽しむ。
「飛段、数え終わったか?」
「ほらよ…、角都」
 オレの隣で札束を捌いていた飛段が、ぶっきらぼうにそれを手渡した。そして、不機嫌な面持ちで、部屋から出て行こうとする。
「待て、全部あったのか?」
「へいへい、ありましたよ」
 飛段の背中に声をかけると、ヤツは顔を向けずに、手で相槌を打った。
 『暁』に属し、不死身の飛段と『不死コンビ』として二人一組(ツーマンセル)になってからは、今まで一人で行っていた金数えも、ヤツに手伝わせることによって、効率化を図ってきた。だが、金嫌いなヤツがそう簡単に手伝うはずもなく、年の功と半ば脅迫観念で強要させる。それの繰り返し。
 そのせいか、飛段は、決まって不機嫌な態度で金を数える。オレにしてみれば、ヤツの機嫌などどうでもいい。ただ、金が全部揃っていればいいという確認ができれば、全て良し。
「今日は、ここまでだな…」
 全ての金を捌き、アタッシュケースに札束を詰め込む。箱の中身が埋まっていく快感に、思わず笑みが零れそうだ。
 ガチャリ…と、ケースの鍵をかけた時だった。



「いつものことながら、よくやるよなァ、アンタ…。何だか別のイミで感心しちまうよ…」



「………!」
 部屋を出て行ったはずの飛段が、カップを片手に入り口に立っていた。
「フン…。それを今さら言うな…」
「ま、それもそうだなァ〜」
 飛段と組んでからも、随分と金を数えてきた。今頃になって、その習慣性を称えられても、何も思わない。
 そもそも金数えが滑稽な姿に映るなら、『おまえの儀式は、どうなるんだ…?』という話だ。だからといって、オレは感心などしないし、興味もない。



「角都ってさ〜、金数えるために長生きしてんの…?」



「―――!?」
 思いがけない質問に、鞄を持つ手が止まった。飛段にしてみれば、辛辣とした内容だったのかもしれない。
「―――どういうことだ…?」
「だからァ、いつも金カネ言ってェからさー。そこまで金が好きなわけェ?」
 いつも『ジャシン様』ばかり言っているおまえに言われたくない。だが、それを口にしてしまえば、同じ穴の狢(むじな)であることを認めることになる。金と宗教、対象物は違えど、固執している点では、何ら変わりないのだから…。
 それを抜きにしても、答え方によっては、己の人生観を捉えられ兼ねない。たかだか二十数年しか生きていない、しかも頭の弱い青二才に、オレの価値観をさらけ出すこともあるまい。
「信じられるものは、金だけだ。それ以外、何もない」
「あー、出た、それ―――っ!」
 どうやらいつもの飛段に戻ったようだ。オレに指差す表情は、少し子供にも見えた。
「邪魔だ、どけ」
「お、おい、角都?」
 部屋の入り口に佇む飛段を横目に、オレは鞄を持って後にする。
 これ以上、飛段の話に付き合う必要もない。

 ヤツがどんな答えを求めていたのか知らないが、いや…、もはや不死身であるが故に、長生きの理由なんて、どうでもいいのかもしれない。たとえオレが美談を語ったとしても、飛段の不死身の前では、何の意味も持たなくなってしまうのだろう。
 金は、使うと消える。だが、手に入れようとすれば、手元に戻ってくる。
 オレの心臓も同じだ。寿命は尽きるが、新しいものを補充すればいい。そうすることで、生き永らえてきたのだから…。
 金の流れは、もしかすると、オレの人生そのものかもしれない。金を数えるために長生きしているのではなく、金そのものなんだと…。
 金も命も尽き果てる。有限という束縛の中で…。





 ―――金を扱うようになってから、どれだけの数を数えてきただろうか…?





 このケースに入っている金の数が、オレの命の数。



 ―――信じられるものは、金だけだ。




〜ひっそりと後書き〜
金の亡者、角都。飛段に対しての扱いがひどい…。
(2009年度作品)




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