背中の相棒<角都・飛段編>



「覚悟しろ!!」
「ありゃ〜、いつの間にこんなに…」
 飛段、いつものことながら絶体絶命・大ピンチ!?本来の標的かつ彼らが呼んだ増援の敵に囲まれ、まさしく飛んで火にいる夏の虫。
「ほんっと、オレって、『暁』一・攻撃が当たらないよなァ…」
 飛段は、溜め息をついた。大きな鎌を構えるヤサ男・飛段は、自他共に認める攻撃が下手な者で、おまけに集団戦には向いていない。
「おまえ、『暁』の者だな…?こちらの手配書(ビンゴブック)に載っている角都という者と、行動を共にしている」
「―――!ま、見りゃ分かるよな」
 先頭に立つ隊長の発言に、飛段は相槌を打った。相棒の角都の知名度に興味はなかったが、『暁』の黒装束は意外と目立つ。
「あ〜あ、こんなにいちゃ、儀式用としては最適だけど、さすがに呪えねェな………」
 飛段は、やれやれといった面持ちで落胆した。圧倒的な敵の数に、怖気づいたのか、はたまた戦意喪失したのか、鎌を所定の位置に戻す。
「えっと、賞金首はどいつだ…」



「今だっ!!」



 頭を掻きながら、首を回す飛段―――隙を許した瞬間を、敵が見逃すわけがなく、一気に先制を仕掛けてきた。鈍い音を立てながら、飛段の身体を刃物が貫通する。
「―――いってェ…」
「やったぞ!急所を貫いた!!」
 刺された箇所から、勢いよく出血する。口元からも、血がこぼれ出す。黒の装束に染み込まれる液体は目立たないものの、飛段は確実に重傷を負っていた。
「こいつ、しぶといな…。『暁』の者は始末するのが前提だが…、こいつを連れて、組織のことを吐かせるってのも手だな!」
「はい!!」
 急所を貫いたにも関わらず、飛段には息があった。飛段の能力を知らない敵は、上手く半殺しできたと思いこみ、捕虜にしようと企てる。
「こいつを運べ」
 命令が下り、飛段の身体に刺さったままの武器を抜くと、さらに血が噴き出した。
「うぐっ…!」
 その勢いで、飛段はガクリと膝をついた。かなりの致命傷を負っていたが、敵の慈悲は全くない。
「身体を支えろ」
 崩れたことを良いことに、あしらうかのような乱暴な扱いに、ついに飛段もキレた。





「おい、テメーら、いい加減にしろよっ!!」





「なっ…!?」
 見せしめに殴られた敵が、真一文字に吹っ飛ぶ。飛段の予想外の元気の良さに、敵も思わず怯んだ。
「キ、キサマッ…!」

「ったく…、優しく抜いてくれよな〜、マジ痛ェんだから…。刺される痛みは分かってても、抜かれる痛みまでは考えねェだろ…?ほんと、ハンパねェんだから…」

「……………」
 何事もなかったかのような飛段の言動に、敵は思わず呆気に取られた。かろうじて命を取り留めたどころか、血を流しながらピンピンしているではないか…。
「こいつ…、不死身か…?」
「………いや、この程度じゃ分からん。即効性の回復能力の持ち主かもしれん…」
 敵の思考が交錯する中、飛段は、特に気に止めることもなく、



「……………。えっと…、賞金首はどいつだっけ…?―――あ〜、もうっ、さっきので忘れちまったじゃねェか!!」



「………」
 周りを見渡し、近くの敵に叫び出す。刺された恨みよりも、賞金首を見失った憤りの方が大きかった。
 角都に言われた賞金首を相手にしていた飛段。小隊と戦っていたはずが、要請された増援により、いつの間にか集団を相手にしていた。おまけに奇襲をかけられ、賞金首を見失う始末。特に目印になるようなものを示す賞金首でもなく、集団に紛れてしまえば、頭の悪い飛段にとっては、厄介な失態である。
「あー、やる気なくした…。こんなに囲まれると、イラッてくるしィ………。だいたい殺したら殺したで、死体運びはオレがさせられるし…。角都の仕事を、何でオレがしねェといけねェかなァ………」
「こいつ、何を言っている………」
 もはや戦意喪失。空を仰ぐ飛段を見て、緊張感が解けた敵軍も混乱する。そして、それはチャンスでもあった。
「一気に仕掛けろっ!」
「はい!!」
 戦う意思をなくそうが、敵は敵。飛段を狙う者たちは、この好機を逃さなかった。不死身なら、動けなくするまでのこと。今度こそ、始末してやる。





「あ、角都ゥ!!」





 飛段の突然の呼び声に、攻撃が止まった。
「―――!!」
 飛段が手を振る先には、小高く盛った丘の上に、相棒である角都の姿があった。手には、賞金が入ったと思われる鞄をぶら下げている。
「あいつが角都か…。『暁』の仲間だな、共に始末だ!」
「お〜い、角都〜!何か大変なことになっちゃってさ〜、でもさ、オレ、やる気なくしてさ〜、こいつら、追っ払ってくんねェかな〜?」
「……………」
 敵と飛段の声が混在する。少し離れた距離だが、バカデカい声は、十分に届いているだろう。角都は応答していたが、マスクの下に動きはない。
「お〜い、角都。シカトかァ〜!?」
 何も反応がない相棒に、飛段は怒りを露にしていたが、急に前後に武器が交差した。
「角都とやら、こいつが惜しくば、下りて来い」
「おいおい、また刺す気かよ…。別に死にゃあしねェけどよ…、痛ェんだから、勘弁しろよ………」
 人質に成り下がった飛段は、身動きが制限された。敵も角都も、相手の出方を窺っている。睨み合いが続く中、先手を取ったのは…、



「―――バカめ…」



「うわあああぁぁぁっ!!」


「―――!?」
 飛段の後背で何かが起こった。振り向くことができない飛段の見えない所で、角都の魔の手が敵を襲撃したのだった。一瞬にして後ろ手に回った角都の容赦ない攻撃は、大量の敵を蹴散らしていく。
「え、何、何ィ?何が起こったの…?―――角都?」
「本当に、おまえはバカだな…」
「ちょっ、それって…、こいつらじゃなくて、オレのことかよっ!?」
 飛段の後ろで、角都の逞しい声が響く。罵られたことに、今頃気付いた飛段は、やはりバカだった。
「こいつ………」
 角都の攻撃範囲にいなかった敵が、飛段を盾にしながら、武器を構える。

「おいっ!首を押すな、曲がる!!つか、喉元、刺さる!!テメーら、マジでムカつくヤローだなっ!こっちが下手に出てりゃ、やりたい放題しやがってよォ…。そんな愚か者には、ジャシン様からの裁きが下るぜェ!!」
「この状況下で言っても、全く説得力がないぞ…」

 敵にいいように弄ばれ、飛段も負けじと説教するが、角都の一言は的を射ていた。前屈状態の飛段に抵抗する力はなく、角都がどう仕掛けてくるか分かるはずもない。
「動くなよ…。こいつがどうなってもいいのかっ!?」
「フン、いつまでも飛段に構ってないで逃げていれば、おまえらも命拾いしただろうに…。毛頭、逃がす気もないがな…。それに、そいつがどうなろうと、オレには関係のないこと…」
「おい、角都っ!テメーも、好き放題言ってんじゃ…」
 特に人質を気にすることもなく、角都は余裕を見せつける。相棒としては癪に障る言い分に、もはや飛段はどちらに怒っているのか、当人でさえ分別がついていないだろう。





「ねェぞ、このヤロ―――――ッ!!」





 飛段の背中に衝撃が走る。
 角都の襲撃は、飛段もろとも敵軍を呑み込んだ。








 ―――そして、
「おい、角都!これ、どうしてくれんだよっ!?服どころか、全身真っ黒コゲじゃねェか…。あ〜、もうっ…、別の意味で痛ェよ………」
「仕方ないだろう。元はといえば、おまえが招いた惨事だからな。あの炎の海で、生きていること自体が奇跡に近いぐらいだ…。おまえのことだ、どうせ痛いのが好きなんだろう…?」
「―――あのなァ…、やっぱオレ、おまえに一回キレていいかな…?」
 横たわる黒の集団の真ん中に、これまた黒い飛段がいた。『暁』の装束の半分が焼失し、炭火焼になった皮膚からは、白煙が揺らめく。
 角都の大掛かりな火遁の術は、敵を全滅させたが、飛段にも大いなる代償を伴った。飛段の能力を熟知している角都の扱いは、敵よりもひどい。情けなく無防備に人質にされた飛段を中心に、炎が舞ったのだった。火炎が発生する場所―――飛段こそが、術の中心温度の高い場所。低温度でも死に導く術は、不死身である飛段以外は、まず助からない。
「容赦なく攻撃しやがってよォ…」
「グクク…」
 これほどまでの術を受けて、元気に拗ねる飛段。黒コゲになった姿は、呪いの儀式の際に変色するそれと似ていた。それと重ねて見ているのか、角都が押し殺したように笑う。

「さて、飛段。もう一仕事だ」
「―――はぁっ!?こんなにしておいて、まだ何かあるのかよっ!?オレ、いい加減、風呂に入りてェんだけど…」
「何を言っている。任された仕事は、最後まで責任を持って遂行しろ。この黒コゲの中から、賞金首を捜せ」

「―――!?」
 飛段の思惑も虚しく、角都はさらなる要求を出してきた。この全滅した敵軍の中から、お目当ての賞金首を捜し出せという。増援を含んだ大量の数の中から、たった一人を見つけ出せという。
「この中からっ!?お、おい、冗談だろ…?無理だって………」
「だらだらと戦闘の長引かせすぎだ。おまえが瞬時に止めを刺していたら、こういうことにはならなかっただろうに…。オレも手伝ってやるから、早くしろ」
「……………」
 飛段は、押し黙るしかなかった。角都と二人で行うとはいえ、途方に暮れる作業に終わりはあるのだろうか?しかし、それ以前に、飛段には決定的なミスがあった。



「どいつが賞金首なんだ………?」



 そう、飛段は、賞金首を忘れてしまっていた。とりたて特徴のない賞金首は、飛段の幼稚な脳に印象を残すことはなかった。ましてや、黒コゲな上に、顔の判別さえつかない始末。どうやって割り出せというのか?
「オレは、あちら側から攻める。おまえは、そちら側から捜せ。いいか、見落とすなよ?」
「……………」
 二人が佇む地点を中心とし、双方に分かれた角都と飛段。お互いの陣地―――背中を任せた捜索が、今、始まった。



〜ひっそりと後書き〜
角都は、もう少し厳しくてもいいかな〜とも思いました。でも、何だかんだで甘いのかも…(笑)
賞金首、捜せたのかな…?
(2007年度作品)




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